ひふみのブログ

シンプルに生きる。

歩いて巡礼 秩父34観音(1日目・後編)

f:id:hifumeeen:20210502174608j:plain

8番札所、西善寺を目指して歩を進める、時刻は13:45分。

武甲山がこの巡礼で一番近くに見える場所まで来た。

f:id:hifumeeen:20210502165206j:plain

 

8番 西善寺(さいぜんじ)

ここでは前の寺から顔を合わせていた車遍路のおばちゃん2人に声を掛けられる。札所の間隔が狭いので歩きも車も意外と時間は変わらなかったりする。

f:id:hifumeeen:20210502174801j:plain

f:id:hifumeeen:20210502174942j:plain

f:id:hifumeeen:20210502174955j:plain

ここからは来た道を引き返して、西武線沿いに歩き横瀬駅方面を目指すことになる。

大体2kmくらいで9番札所につく。

三菱マテリアルの工場、他にもセメント工場もあり横瀬三菱マテリアルの企業城下街のようだ。武甲山石灰岩が取れるのでセメント工場が随所にみられる。

f:id:hifumeeen:20210502175450j:plain

 

9番 明智寺(あけちじ)

サクッと参拝。

f:id:hifumeeen:20210502175903j:plain

時刻は2時過ぎ、徐々に西日が強くなり日焼けが気になる中、秩父駅方面に向かい北上していく。

一時間ほど歩いて次の札所、大慈寺に到着。

 

10番 大慈寺(だいじじ)

f:id:hifumeeen:20210502180223j:plain

f:id:hifumeeen:20210502180423j:plain

ここはアニメの舞台(聖地)だったようで自分とは違う意味での巡礼者が数人参拝していた。関連する絵馬が飾られていた。

f:id:hifumeeen:20210502180557j:plain

もう朝から15kmくらいは歩いただろうか?

少し足の関節が軋み始めている。マメはまだできていないようだ。

最高で一日40km歩いたことがあるがそのころに比べるとずいぶん鈍ってきている。特にここ最近はテレワーク続きで歩く機会が減っていることも影響しているだろう。

 

痛む足を引きずりながら11番へ。

11番 常楽寺(じょうらくじ)

f:id:hifumeeen:20210502181133j:plain

f:id:hifumeeen:20210502181148j:plain

時刻は3時半ごろ、時間的に次が最後の札所かなと思いながら歩き始める。今日の目標は秩父の市街地までだったのでまぁノルマ達成ということでいいだろう。

 

日が傾き始めた頃、12番に到着

12番 野坂寺(のさかじ)

f:id:hifumeeen:20210502181746j:plain

山門の中央には3面預かり観音が鎮座していた。怒り、病気、煩いを預かってくれるらしい。よろしくおねしゃす!(返さなくていいよ!)

f:id:hifumeeen:20210502182334j:plain

f:id:hifumeeen:20210502182426j:plain

ここには13仏を祭っているお堂があり拝観料を取らずに参拝できる。

f:id:hifumeeen:20210502182546j:plain

中に入るとおなじみの仏様。

それぞれの仏の前でお賽銭ができるので奇しくも人気投票みたいな感じになっていた。

f:id:hifumeeen:20210502182657j:plain

自分のお気に入りの薬師様と不動明王先輩はあまり人気が無いようだった。

そんな感じ見どころが多いお寺だった。

 

時間は4時過ぎ、次に行けないこともないが近場の宿を予約していることもあり今日はこれで打ち止めとする。

初日を終えて、12番まで回ったがどこのお寺もこじんまりしているけど、非常に見どころが多く、いいお寺ばかりだった。

 

宿を目指して歩き始める。

西武秩父駅前を通過、この駅舎好き。

f:id:hifumeeen:20210502183154j:plain

今日の晩飯は駅に併設されているフードコードで名物のわらじカツ丼を食す。

たれの味が効いていわゆるB級グルメの王道の味だった。

f:id:hifumeeen:20210502183427j:plain

駅前のルートインに宿泊し、足を入念にマッサージしながら明日の予定を立てる。

明日は15時くらいの電車で帰りたいから25番くらいまで回れればいいかなぁ。

 

夜の秩父は駅前といえども暗く静かな夜だった。

歩行距離:19km

 

 

歩いて巡礼 秩父34観音(1日目・前編)

f:id:hifumeeen:20210502151432j:plain
こんにちは。

せっかくのGWですが東京で緊急事態宣言が発令されたこともあり、遠出は無理そうです。ということで近場で手軽に済ませられ、密も回避できる秩父34観音巡礼に行ってまいりました。

f:id:hifumeeen:20210502152232j:plain

歩いて回ると大体100km、日数にすると4日~5日くらいでしょうか。

まぁ自分過去に四国八十八箇所歩いて巡礼したこともあるので『まぁ余裕っしょ!』というノリで参戦してきました。

hifumeeen.hateblo.jp


今回は1泊2日で行くので大体25番くらいまで行ければと思っています。

始発で出発するつもりがまさかの寝坊、予定より1時間遅れて一部札所の最寄り駅、秩父鉄道大野原駅に降り立ちます。

f:id:hifumeeen:20210502152535j:plain

大野原駅からタクシーを使い10分程度で一番札所 四万部寺に到着。ここから約100キロにわたる巡礼が始まります。(地味にテンションが上がる。)

9時丁度、巡礼スタート!
  

1番 四万部寺(しまぶじ)

f:id:hifumeeen:20210502153643j:plain

始まりのお寺、やっぱり気持ちが引き締まります。

お寺は小さめですがコンパクトにまとまっていて非常に綺麗な印象のお寺でした。本堂で読むお経は取り合えず般若心経にしておけば間違えないだろうということで読経。(今回巡礼する34寺は曹洞宗臨済宗真言宗など色々らしい。)

f:id:hifumeeen:20210502154231j:plain

f:id:hifumeeen:20210502154236j:plain

納経所で御朱印を貰い、住職らしき人から歩き巡礼用に地図もいただく。google mapに乗っていないような遍路道の案内もあり非常に助かる。

巡礼のだいご味は何と言っても遍路道だ。

ということで2番へ向かう。

 

このような道しるべがいたるところにあって非常に歩きやすかった。

f:id:hifumeeen:20210502154823j:plain

いきなりの山登り。

緩やかな空気、だいぶ登って来た。

f:id:hifumeeen:20210502155513j:plain

2番 真福寺(しんぷくじ)

f:id:hifumeeen:20210502155815j:plain

ここで数人の参拝者と一緒になる、皆さん車で回っているようだ。

このお寺には納経所が無く別のお寺で実施してくれるため納経所となっている光明寺を目指して下山する。納経後、3番の常泉寺を目指して再びを歩を進める。

 

いい天気で遍路日和や。

秩父のシンボル、武甲山が良く見える。(ピラミッドみたいな山。。)

f:id:hifumeeen:20210502160453j:plain

 

しばらく歩くと畑の中にぽっつんとあるお寺を発見。

3番 常泉寺(じょうせんじ)

f:id:hifumeeen:20210502160745j:plain

幼稚園児の大群に出くわす。

f:id:hifumeeen:20210502161136j:plain

f:id:hifumeeen:20210502161242j:plain

 そのまま田舎道を進み四番を目指す。

 

4番 金昌寺(きんしょうじ)

大きな山門が印象的。

f:id:hifumeeen:20210502162057j:plain

ここのお寺はかなりの数の御地蔵さんが鎮座していて、彼らに見守られながら読経を行う。境内はこじんまりしているが、ここもいいお寺だ。

f:id:hifumeeen:20210502162518j:plain

お顔がやっぱり一つずつ違うのね。

f:id:hifumeeen:20210502162646j:plain

f:id:hifumeeen:20210502162744j:plain

 

時間は11時、まだまだいけるな。

 

5番 語歌堂(ごかどう)

f:id:hifumeeen:20210502163158j:plain

 

次は寺の配置上7番、6番の順番で回るほうが効率的らしいということで昼飯が食べられそうな場所を探しつつ7番へ向かう。

途中で寺坂棚田なる場所に寄り道、古き良き日本の景色。

f:id:hifumeeen:20210502163645j:plain

 

7番 法長寺(ほうちょうじ)

f:id:hifumeeen:20210502163934j:plain

6番 卜雲寺(ぼくうんじ)

f:id:hifumeeen:20210502164848j:plain

卜雲寺には薬師堂があり、この巡礼でようやく薬師如来をようやく拝むことが出来た。

やはり薬師如来はいい。

 

そんな感じで若干慌ただしい感じもするが次は武甲山の麓にある寺、西善寺を目指す。

 

(1日目・後編に続く)

 

 

巡り合わせ

3年前自分は新卒で入社した会社を辞めた。

理由は色々あった。

仕事が忙しい、人間関係がうまくいかない、ある程度の資産が出来た、少し休みたい、そんな感じだけど、一言でまとめるなら色々どうでも良くなってしまった、というところだろう。

それから無職期間中に少し自分探しの旅をして、自分の中で色々区切りをつけて心機一転、決意を新たに新しい会社で働き始めた。

『自分のダメなところを改善しよう』、『がんばろう』、『期待に応えよう』、『人との縁を大切にしよう』そう思って必死に働いた。

でも、変な上司(今思うと)や全くスキルマッチしない仕事にあてがわれ苦しい日々を過ごすことになる。

結局期待されたパフォーマンスを出せない自分は仕事にアサインされることもなくなり、会社に居づらくなりまた会社を辞めることになる。(リストラではないがほとんど同じ意味だと解釈している。)

逃げるように会社を辞めてまた無職期間へ。

その間わずか2年。

2年しか持たなかった。結構自分的にはショックだった。

 

そしてこのまま無職でいるわけにもいかないからモゾモゾと始めた転職活動。

正直そこまでのモチベーションも湧かず、入れるところなら何処でもいいと思っていた。そしてたまたま出た内定。3社目が決まった。

特に決意もやる気も感謝も無くだらっと入社を迎え新しい業務に取り組み始めた。

 

そして新しい職場で働き始めて1年、これが意外とうまくいっている。

前の会社と違い、自分の力がうまく発揮できて、それなりに今は周りからの信頼も勝ち得てきている。やりがいも少しずつ出てきている。

 

この中身の濃い3年間を経験して『環境』って大事とつくづく実感する。

本人の決意とかやる気とか思いの強さではどうにもならない『環境』という要素。

どんなに崇高な思いや決意を持っても環境がダメなら何をやってもダメ。

いい加減な気持ちでも環境が合っていればうまくいくときはうまくいく。

そこには因果関係もなく、単純なめぐり合わせとしか思えない(たぶん)。

 

ただ一つ言えることは2社目で心が折れてしまっていたら、今の環境には巡り合わなかったということだ。

 

これからもきっと色々なめぐり合わせを自分は体験していくのだろう。

中には理不尽な思いも当然するだろう。

でもきっとそれも巡るもの、強い決意や自分を律することも大切だけど、すべては巡る、永遠に続くものはない。

 

軽い気持ちでサイコロをふり続けよう、そして前に進もう。

そんな心構えで日々を過ごしていきたい。

 

今しかできないことを今やる

充分な時間とお金そして健康な体、これがあればやりたいことはやれる。

そう思っていたけど、今回のコロナで思いがけずやりたいことが出来ない環境になってしまった。

いままでは自分マターで物事を考えていたけど、社会環境や周りの人間の影響で自分のやりたことってが出来ない可能性もある。

嫌なことを先送りする、これは誰でも経験があることだろう。

でもそれと同時にやりたいことを先送りすることも往々にしてあるもの。

目先の忙しさや賢いふりしてやりたいことを先延ばしにしていると思いがけず、何もできずに終わってしまう。そんなこともあり得る。

今日と同じ明日が来るとは限らない。

もっと自分の欲求に正直になってもいいとは思う。

 

 

3月の頃

3月も中旬に差し掛かってきた。

サラリーマンを長くやっていると特にこれといった思いもないが、この時期は環境が変わることが多くなる。

卒業、入学、就職、異動、、、

今の生活が終わることのちょっとした寂しさや名残惜しさ、

新しい生活が始まることへの不安や期待、

色々な感情が入り混じった少し地に足付かないフワフワした時期だ。

冬も終わり気温も少しずつ暖かくなってきた。

今はこんな世の中で、新しい何かが始まることは少し期待しずらいかもしれない。

もちろん自分の環境は特に変わることもなく、粛々と仕事を続けるのみ。

それでもこの時期は一年の中で一番好きな時期になるのかもしれない。

 

 

過去への拘り

過去への拘りって多かれ少なかれそれぞれの人が持っていると思う。

『自分は昔はこんなに凄かったんだ!』とか

『昔はこんなに苦労して散々な目にあったんだ。。』とか

良いことも、悪いことも含めて自分の中で過去への拘りを拗らせて、今の生活自体を台無しにしている人をちらほら見る。

 

かく言う自分もおそらくはそんな節があった。

20代、30代前半は職場環境も上司も含めかなりブラックな環境で仕事をひたすらし続けてきた。深夜残業、休日出勤、お客からのプレッシャーや緊急での障害対応、まさに滅私奉公の生活だった。

限界ギリギリまで働いて、それでも仕事が回せず、上司に会議室で叱責されたときはいい歳して泣いてしまったなぁ。

結局その後は自分がマッチョになって仕事も回せるようになって、上司とも対等に張り合えるように力を付けたんだけど、結局過去の記憶と決着を付けることができず自分の精紳は不安定なままだった。

 

ある時ふっと昔のことを思い出して強烈な怒りがこみ上げてきたり、新しく入社してきた若手に対して自分がされて嫌だったことを繰り返したりとか、、、

いつでも頭の片隅には『あの時の俺はこんなに不幸だったんだ!だから・・・』という思考回路が頭から離れない状況になっていた。

 

不幸な自分は特別・・・

周りの奴も自分と同じように不幸になるべきだ・・・

そんな感情が確かにあった。

 

過去への拘りは強く、それは今の自分の心すら蝕んでくる。

嫌だった過去を話すときだけやけに饒舌になる自分。

この感情は自分を不幸にする。

 環境を変えなくては、、、

あの人達がいない場所で働かなくては、、、

そう思い自分は会社を辞めた。

 

その後一月ほどプラプラと旅にでた。

社会とのつながりを一端絶ち、四国を遍路し、お寺を歩いて回った。

f:id:hifumeeen:20210308001330j:plain

不思議な時間だった。

 

そのあと別の会社に転職して今はまた働いている。

転職してからもやっぱり色々あってひどい目には合っている。

でも昔ほどの卑屈になったり、根に持つことは少なくなった。

当然すべての過去を納得して消化できたわけではない、まだまだ自分の中での黒い感情は消せないし、多分消えることもないだろう。

 

でも少しだけ前よりは生きやすくなった。

それだけで十分だと思う。

 

 

投資のタラレバ

ビットコインが爆上げしている。

もうすぐ600万に届きそうな勢いでだ。

数年前に仮想通貨バブルが来て予想通り一過性のもので終わったが、今回再びビットコインが上げてきた。

かく言う自分はポートフォリオビットコインは一切組み込んでいないためこの恩恵は受けていない。

朝起きるとお金が増えている、長年見て来たブロガーさんの資産が爆増する様子を少し羨ましく眺めている。

もともとの自分の投資戦略は、全世界株式(主に米国)にウェイトを置いた長期投資戦略で行く方針だ。

仮想通貨が2倍になろうが、3倍になろうが知ったことではない。

基本的にビットコインが、いや自分の資産そのものが2倍になろうが、3倍になろうが大きく生き方や生活が変わることは無い。

今まで通り仕事をして、大した贅沢もせずに日々を過ごすことになるだろう。

そういう意味ではもう自分は兎に角お金をかき集めるというステージから卒業しつつあるのかもしれない。

 

とは言え、、

あの時買っていれば、という感情が無いわけでもない。

それでも消えない投資のタラレバ。

『あの時買っておけば』、『あの時売っておけば』そんな雑念にとらわれるのは自分が強欲だからだろうか?

それとも単純に暇だからだろうか?

 

隣の芝は青く見える。

まだまだ修行が足りないと感じる日々。